1号との合流と練習・・・の巻
今日も朝からガムランを習うためにデンパサールへ向かう。
それと同時に今日は1号と合流する日なのだが、
まだ連絡が取れていないのが、とても気がかりで、
まずは電話をするためにWARTEL(ワルテル)へ。
バリだけでなくインドネシアではまだまだ全家庭には
電話が普及しておらず、私達の泊まるロスメンと呼ばれる
日本でいう民宿のような宿には
もちろんの事ながら電話などないので、
そういったインドネシアの人や旅行者は、
わざわざ電話局へ行ってかけなければいけない。
これがなかなか面倒で、バリのような観光地には、
いたるところで見つけられるのが、ちょっと田舎の方に行くと
国際電話がかけれなかったりして、電話をかける機会を
逃してしまうこともある。

今回の旅行でも何回か日本へ電話をしたけれど、
だいたい1分10000ルピアぐらいだったと思う。
少し話しただけで、10万ルピアとか余裕で超えたりして、
うっかりしているととんでもない料金になっていて、
びっくりすることもしばしば…
私の場合他の生活費をケチっていたので、
あとから考えるとこの電話代が、フローレス島往復の飛行機代
に継ぐ出費となってしまった。 

と、話がとても横へそれてしまったけど、
1号の泊まるホテルへ電話をしてみると、
1号はまだ寝ていたらしく、とても眠そうな声で電話に出てきた。
何はともあれ連絡取れてよかった。
1号もわたしと同じように、「連絡つかなかったらどうしよう…」
と不安になっていたらしい。
まず今日の予定を確認しあう。
わたしはガムラン練習のため、デンパサールへ。
1号は仕入れのためにデンパサールへ。
結局1号が、仕入れしたその足で、
コマンさんの家まで来てくれることに。
ただ1号はコマンさんの家がどこにあるのか知らない。
住所と電話番号は前もって教えておいたので、
1号の方向感覚のよさを信じて電話を切る。
待ってるよ1号!!無事会えるといいんだけど。 

また45分かけてコマンさんの家にたどり着くと、
コマンさんは新聞を読んでくつろいでいる。
私たちもカデさんが入れてくれたteh(テー・インドネシアの紅茶)
を飲み一服したあと今日の練習を開始する。
曲は昨日に引き続き歓迎の踊り『ガボール』だ。
昨日丸1日かけてやっとの思いで覚えた『ガボール』だったのに、
おさらいしてみるとかなりあやふやだ。
特にテンポの速いフレーズでは、音を覚えていても
手がその速度についていけない。
何度も繰り返し、その部分を練習するが、いっこうにうまくならない。
そんな自分がもどかしい。
コマンさんも気長に付き合ってくれるが、
さすがにここばかりやっていては先に進めないと考えたのか、
新しいところにはいる。 
はたから見るとのどかな練習風景。でも、本人達の神経は集中しまくり。

ガムランの演奏を聴いていると、本当に人間が弾いているのかと
びっくりするぐらいとてつもない速さで叩いているところがある。
これがガムランにはなくてはならない『コテカン奏法』というもので、
二つの楽器が交互に音を出し、一つのメロディに聴こえるようにする。
このように、ひとつのメロディーの音を二つに分けることによって、
一人で叩くには到底無理なあの超人的速さが実現する。 

昨日はこのコテカン奏法の片方polos(ポロス)と言うパートを
ならったのだが、今日はその相手のsangsih(サンシ)
というパートを習う。
コテカンは二人でひとつのメロディを奏でなければならないので、
お互いの息がぴったり合っていないといけない。
仮に、少しでもどちらかのリズムテンポが狂うと、
まったく違うメロディになったり、音が重なってしまって、
きれいに聴こえてこない。
お互いの音を聴きながら、相手の音と音の間に
自分の音をはめ込んでいかなければいけない。
とても難しいのだけど、それだけに二つのパートがぴったり
合わさったときには、とてもスピードのある
美しいメロディに変身する。

が、昨日習ったばかりのpolosのフレーズも
まだ完璧に叩けないのにsangsihを習うものだから、
頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
どちらかをやると、どちらかを忘れるみたな…
とにかく今は、コマンさんについて、
ただがむしゃらに叩くしかない。

お昼少し前、ふと門の方に目を向けると突然視界に1号の姿が
飛び込んできた。
「あ、1号だ!」
ガムランを引く手は止めず、無事会えたことを心の中で喜んでいた。

一曲最後まで叩き終わったところで、1号と言葉を交わす。
ほんとのところここまでたどり着けるのか心配していたのだが、
さすが1号!きっちりやって来てくれた。
もうしばらく練習を続けた後、お昼にする。
お互いにいままでの報告し合う。
1号の話によると、ここに来る前に仕入れのため、
PASAR BADUNG
(パサ−ル バドゥン…パサ−ルは市場という意味)
と呼ばれる巨大な市場が火事で燃え盛っていたため、
その周辺の道路が閉鎖されていたらしい。
この火事のせいで、肝心の仕入れも出来ず、
また明日はできるのかという不安もわいてきた。
この火事は翌日の新聞の一面を飾っており、
相当大規模な損害を受けたようだった。
一ヵ月後に再びバリに戻ってきたときには、
市場の前にあった駐車場すべてに店が並び巨大青空市場と
化していたのには驚いた。
ただ、1ヶ月たってもまだ修復作業に取り掛かっているようには
どう見ても見えなかったので、
この市場はこれからどうなるのだろうとても心配になった。 
コマンさんちででたおやつ。もちもちっとしている。

昨日と同じように午後の練習をした後、
今日は少し早めに切り上げる。
今日もよく叩いた。全身を動かすわけではないのに、
なぜか体力を消耗しているような気がする。
頭の運動にもなる。
ガムランを続けていれば、ボケ防止になるんじゃないかと
ひそかに思っているのはわたしだけ?
ただ日本ではガムランをちょっと叩いただけでも
腕が死ぬほどだるいのに、このバリでこんなに叩いているのに
不思議なことに日本ほど疲れない。
理由はよくわからないが、これがバリマジックなのだろうか…

バリでは毎日どこかで踊りが見れるとこの前も書いたけれど、
今晩はウブド王宮横でやる無料の演奏を見に行くことにしていた。
というのも、今朝、朝食のときに泊まっているサリ・バンガローの
オーナーであるibu(イブ 目上の女性に対しての呼び方 
buと省略することもある、ちなみに目上の男性の場合は
bapak−バパック)が今晩出演するから見にこないかと
誘ってくれたので、こちらも特に見たいものもなかったし、
約束したからだった。
このibuは何を隠そう女性ばかりのガムラングループ
『Mekar Sari(ムカール サリ)』のメンバーで、
バリバリのガムラン奏者なのです。
ibuの娘さんはバリダンスの踊り子さんで、
長女は日本でも有名な『ヤマサリ』で踊っているそうだ。
残念ながら今回は見ることが出来なかったが、
Aさん、Iさんによるとうまくて美しかったらしい。
そんなわけで、ウブドヘ移ってきた1号も一緒に会場へ向かう。
会場につくと、ステージの上ではクバヤ(バリの女性の正装)
とサロンを巻いた女の人たちが用意をしている。
女性ばかりのグループがあるというのは前から知っていたが、
まさかこんなところで見れるとは思っていなかった。
ガムラン=男みたいなイメージが強かったので、
自分と同じ女性がどんな感じで弾いているのか
とても興味があった。王宮ではお祭りの儀式が済んだらしく、
正装した人たちが王宮から続々出てきた。
王宮(踊りを見られるところ)の周りで売っていたもの
サルの顔と手足の上が貼られている風船 サテ・アヤム

そして会場にも観光客やバリの人たちが集まりだしたころ、
ガムランメンバーがステージ横から出てくる。
もちろん全員が女性。いよいよ演奏が始まる。
このグループのもうひとつの特徴は踊り手がすべて
地元の子供たちということだった。
小学生の低学年ぐらいの子供たちがかわいい衣装を
身にまとって次々と出てくる。もうかわいいのなんのって。
言葉ではとても表せないぐらいかわいい。
踊りもうさぎの踊りやしかの踊り、少し大きな女の子たちによる
糸紡ぎの舞など、いつものバリダンスとは
一味違ったユニークなものばかり。
時々フリを間違えたりするのがまたかわいい。
かなりわたし好み。おすすめです。
ウサギの踊り
しかの踊り

ああ、忘れてならないのが、ibuをはじめとした
女性のが弾くガムランですが、想像以上によかった。
ibuのガムランを弾く姿はとてもりりしく、
いつもの温厚そうなibuがうそのようだった。
女性でもこんなにできるんだというのを見て、
なんだかますますやる気がでてきた。
あしたもがんばるぞ!!